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2015年07月02日

【小説】くだらない話 30

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side 新井シンジ「嘘つきと泣き虫」
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できなかった。



僕は、なすすべなく抱きしめられている女子の後ろ姿に見覚えがあった。
あの日、夕暮れの校舎裏からグラウンドへと駆けていった背中だ。

ふたりの距離がなくなる。その瞬間がきた。


「ナオ……」


気がつくと僕は声を出していた。
とたん、動きを止めていた女子が男子の腕を振り払った。

なんだ、今日の僕はどこかおかしい。
彼女たちは付き合っているのだからそんな行為をしてもおかしくはない。

むしろ邪魔をしているのは僕だ。

ここからいなくならなければ、
主人公ではなくエキストラでいなければ、
いつものように適度な存在感を保たなければ――


「新井くん……」


神谷は僕のほうをむいて静かに、悲しげにそう言った。

胸のあたりの温度が急激に上昇した。
氷の入った冷水から一気に沸騰したお湯に変わるようだ。

そして、それはすぐに蒸発して空虚な器だけが残った。

今すぐにでも逃げ出したい。

互いにそう思っていただろう。
空白となっていた時間を切り裂いたのは、村沢先輩だった。
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posted by c-book at 17:14| 【小説】くだらない話