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2015年07月02日

【小説】くだらない話 32

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side 新井シンジ「嘘つきと泣き虫」
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無言のまましばらく走った。

息が切れて、苦しくて、肺が酸素を欲しがっていた。
それでも、足を止められない。

神谷の呼吸も荒くなっていた。
腕もつかんだままだ。痛くないだろうか、と考えた。

学校が見えなくなるところまで来て立ち止まる。

馴染みのある通学路だ。
夜のとばりは下りてあたりは闇につつまれていた。

ふたりともうつむいて目もあわせなかった。

荒い息づかいも、切れかかって点滅している街灯の鳴き声も、
すぐそばを横切る車の音も、聴こえるはずのそれらすべてが無になっていた。

僕はつかんでいた手を離した。


とっさに、神谷がその手を握った。


落ち着きかかった心臓のエンジンが、再び動きだす。
火照った身体がさらに熱くなる。
手の先まで真っ赤になっているのでないかと錯覚するほどだ。

彼女の手は、ひんやりしていて柔らかい。
ひとさし指のあたりに少しだけ涙のあとが残っていて、握り返すとそれが感じられた。

しばらくそうして、ぬくもりを分かち合った。


そして、何も言わないまま僕らは別れた。


言葉は必要ない。彼女の真意なら――鞄の中にある。
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posted by c-book at 17:26| 【小説】くだらない話