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2015年07月05日

【小説】その瞳に写るもの 03

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午前1時ごろにバイク便でデータを送り、仕事がひと段落する。
俺は運転席に座り、背もたれに身体をあずけていた。

脱ぎすてたニット帽と黒い上着が助手席に置かれている。
この日は夜でも気温が高く、すごしやすかった。

車の窓を開け、煙草に火をつけた。
別に好きでもないのだが、身体に蓄積された不快なものをけむりとともにはき出す儀式のようなものだ。

煙草をくわえながら財布の残金を確かめると、安宿に2、3泊するくらいの手持ちがあった。
野沢といえば温泉が有名で、すぐにでも仕事を終わらせて湯につかってのんびりしたいと考えた。


最近、疲れているのか昔のことをよく思い出すのだ。


子供のころの俺は小遣いやお年玉のほとんどをカメラやフィルム、現像代につぎこみ、
一心不乱に写真を撮りつづけた。

中学でも高校に入ってもそれは変わることはなく、
気づけば数百本のフィルムと数千の一瞬が俺の部屋をうめつくしていた。

大学に入学したころ、小さなコンクールで賞をもらった。
自分がはじめて世の中に認められた気がして、どうしようもなく嬉しくて。
書店でその発表を見たとき、言い知れない奇声をあげて喜んだのを覚えている。

在学中にいくつかの撮影スタジオでアシスタントを経験し、
卒業後にフリーのカメラマンとして働きはじめた。

旅行雑誌、グルメ情報誌、住宅カタログと様々な現場を渡り歩き、
こうして写真週刊誌のカメラマンに到ったのだ。

ふと、くわえた煙草が短くなっていることに気づき、膝の上に目をやると白い灰が落ちていた。

それを手で掃いながらさっきの出来事を振り返る。
ゲスとかカスとか、この仕事をしていれば嫌でも聞きなれる台詞だ。固執するようなことでもない。


自分でも分かっていた。


足元の暗闇に溶けた灰と俺は、同じものなのだろうと。
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posted by c-book at 20:29| 【小説】その瞳に写るもの