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2015年07月05日

【小説】その瞳に写るもの 07

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「お兄さんが車の前で電話かけてるときに後部座席を見たんだ。
三脚とか白いレフ板が入ってたから、カメラマンだと思って。
出版社はそこに新空舎って書かれた封筒があったから」

「宿を探してるっていうのは」
「それは……私の希望かな」

怒りを通りこして呆気にとられたと思いきや、やっぱり憤りを感じるくらい複雑な感情がわいた。

彼女は深々と頭をさげて脳にあるだけ全部の謝罪の言葉をならべてきたので、
流石に大人げないのと、まわりの目が気になるのでやめるように促した。

「もういいから……それより聞きたいことがあるんだが」
「なに? おいしい野沢菜のお店から、旅館の女将としがない土産物屋の店主の悲恋まで、
この界隈のことはだいたい網羅してるけど」

「叙庵って知ってるか」
「うん。ここらで一番有名な高級旅館だし、
そういえば昨日くらいに有名な俳優が宿泊してるって噂があるね。
場所を教えてもいいけど、その前にうちの旅館に来なよ。
荷物の整理とか撮影機材の設定とかしないといけないんでしょ」

「お前なぁ……」
「お・ま・え、じゃなくて小町春花ね」と少女は微笑んだ。

人懐っこいというか、なれなれしいというか俺はこういう性質の人間がどうも苦手だ。
自分のペースを崩されてしまう。

俺は春花を車の助手席に乗せて駅のロータリーをでた。

土産物屋のならぶ通りを進み、車一台ほどしかない狭くて勾配の急な路地へと入る。
沿道には湯気のあがる排水溝があり、外気によって冷やされた源泉が流れていた。

一定間隔で石のふたが敷き詰められているが、
所々欠けているのでハンドル操作をまちがえれば溝に落ちるだろう。

俺は慎重に運転しながら、助手席に座る春花から質問攻めをうけていた。
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posted by c-book at 20:39| 【小説】その瞳に写るもの