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2015年07月05日

【小説】その瞳に写るもの 09

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狭苦しい路地をぬけるとひらけた道に出た。

そのまま道なりに進んでいると、春花が旅館「鈴竹」と書かれた看板を見つけ、
建物の前にある小さな駐車場へ誘導した。

俺たちは車から降りて旅館を仰いだ。

2階建ての建物で、黒くなった木材やひび割れた土壁から古色蒼然とした空気を感じた。
建物の背後には竹林が生い茂り、ひっそりとした清澄さがある。

「どう。いいところでしょ」と春花は誇らしげに言った。
悪くない、と返事をして車から黒いバッグと撮影機材の入った四角いジュラルミンケースを取りだした。

春花はすかさずバッグを持ち、入り口へとむかう。その背中に声をかけた。

「ガイドのことは分かったけど、学生なんだよな。今日は平日なのにいいのか」
時刻は昼すぎ、学生なら机を囲んで弁当を食べながらお喋りをしているだろう。


春花は振り返り「まあね」と明るく答えた。


彼女の笑顔にそれ以上踏み込まれたくない、
という意志がこめられている気がして、俺はこの疑問を頭から消した。

玄関に入ると、たれ眉の人のよさそうな男性がやってきた。
紺の羽織の胸のところに「小町元哉」という名札が付けられているのを見て
彼が旅館の主であり、春花の父であることを悟る。

「お客様を連れてきたよ!」

「……また強引に引っぱってきたのか」と元哉さんはため息まじりに言った。
どうやらよくあることらしい。商売根性のあるやつだ。

「娘がどうもすいません。あの……ご迷惑でなければ宿泊していってくださいね」
「いえ、迷惑というわけでは。部屋は空いていますか」
「今の時期でしたら大丈夫ですよ。お恥ずかしい話ですがね」

駅前のひと気のなさもそうだが、行楽シーズンが終わると旅館は厳しいのだろう。
町内会の試みにもうなずける。

「じゃあさ、2階の角部屋はどうかな。眺めもいいし」
「また勝手に決めて……お客様のお名前は――」
「藤原一成です。娘さんが薦めてくれている部屋でかまいませんよ」
「そうですか。それでは案内させて頂きます」

彼は俺の運んできたケースを持ち、玄関の脇にある階段をのぼっていく。
俺と春花はそのあとを追いかけた。
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posted by c-book at 20:54| 【小説】その瞳に写るもの