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2015年07月05日

【小説】その瞳に写るもの 13

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神城が浮気相手と逢瀬をかさねている旅館「叙庵」は町外れにあった。

広大な日本庭園のなかにひっそりと立つそれは、芸能人だけでなく政財界の大物も立ち寄る老舗だ。

ちなみにここは本館らしく、鈴竹の近くに別館があるらしい。
俺はおしゃべりな観光ガイドの少女を叙庵の近くにある茶屋で待たせ、庭園を調べはじめた。

庭園のまわりには瓦屋根のついた壁があり、壁を取り囲むようにして砂利道がある。
叙庵へ入るには、大きな正門とそのちょうど真裏にある小さな門を使うしかなさそうだ。

また、正門の正面から一直線にのびている車道があり、
宿泊客を乗せたタクシーなどが行き来できるようになっていた。

車道の他に温泉町から叙庵へとつづく道はなく、茶屋もこの道の脇にあった。

正門には木の扉が構えられていて、その内側には石灯籠や巨大な置石、切りそろえられた庭木、
それらを突きぬけるように本館へとのびる道があり、いかにもワビサビのある空間を演出していた。

俺は正門から砂利道を挟んだ先にある植え込みに近づいてみた。
背丈が百センチほどあるだろうか、正面にある門への見通しもよく、隠れるにはうってつけの場所だ。

ただし、先客がいなければの話だが。

「な、なんだよ」
「……すいません」

植え込みの裏手には一眼レフカメラをたずさえた男がおり、
そのかたわらには携帯電話で連絡をとっている記者らしき男の姿もあった。

寒くも暑くもない穏やかな日和にも関わらず、冷たい汗が俺の頬を伝う。
他誌に先を越された由々しき事態だ。
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posted by c-book at 21:05| 【小説】その瞳に写るもの