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2015年07月06日

【小説】その瞳に写るもの 16

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「あの人たち目立ってるみたいだね。ここのおばあちゃんも神城さんのこと知ってたらしくて、
カメラを持った人たちが叙庵にいくのを見たらしいよ」

「……神城のことは、みんなが知っているのか」
「そうだと思うよ。狭い町だから噂が広まるのも早いし」

俺は煙草に火をつけて一服しながら物思いにふけった。
出入り口をおさえられているうえ、神城が旅館の外へ出ているという話もない。

正直なところ打つ手はないが、こんな一大スクープを逃すわけにもいかないのだ。
もう少し情報を集めてみよう。

「そういえば、あのネタが役にたったよ」
「田尻智美のこと? 私も人づてに聞いた話だから、
なんとも言えないんだけど。喜んでくれてよかった」

春花はおもむろに右手を差し出してきた。物乞いするなよ。

「さっきの饅頭でチャラだ」
「もう1個だけ」

太るぞ、と言ったら痛いところを突かれたのか、彼女は身体を縮めていじけるようにお茶を飲みだした。
大人しくしていればそれなりに可愛いのにと世迷言を考えていたとき、ふと春花の発言が頭をよぎる。

「田尻の話は……だれに聞いたんだ」
「お母さんから。寄り合いに出てた叙庵の仲居さんから聞いたらしいよ」

仲居というのはドラマでもリアルでもお喋りな生き物なのだろうか。
とりあえず、恵子さんに会って噂の出所を紹介してもらおう。

「恵子さんはいつごろ帰ってくるんだ」

なぜか春花が俺を睨んできた。
別に恵子さんの美貌を拝もうとか、あわよくば夕食のお酌をとか、
そういう意味で会いたいわけではない。断じて――

動揺している俺の顔にカメラをむけて春花はシャッターを切り、
舌を出して皮肉っぽく、これも記念だと呟いた。

そうしてたたずむ彼女の姿と郷愁の町並み、
まじりけのない純粋な青に染まる空が、俺の瞳にしばらく焼き付いていた。
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posted by c-book at 17:08| 【小説】その瞳に写るもの