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2015年07月06日

【小説】その瞳に写るもの 18

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彼女にとって写真を撮ることは、息をするのと同じくらい自然なものであり、
現実にあるどの事柄よりも大切にしたいものなのだと思った。

「……ガキのくせに分かったようなこと言うなよ」

それに比べて俺は、なんと情けないのか。
心に蓄積されていた嫉妬やひがみに似た黒い感情が口から漏れた。
それからすぐに正気を取り戻し、自身の醜さに失望した。

「確かにそうかもしれない。でもさ、分かんなくてもいいんだ。
例えば現像した写真を見るとき、アングルにこだわって撮ったものや一瞬の出来事をおさえたもの、
何気なくシャッターを切ったものがどんな写真になっているのか。
成功か失敗か、それを楽しむのも写真のおもしろさだと思うよ」

彼女の純粋さが鋭利なトゲとなり、俺の心にいちいち刺さる。
古傷をえぐられている気がして痛くもないはずの胸をおさえてしまう。

それらとともに、忘れている何かが蘇るような感覚がする。
無言の俺に気を使ったのか、春花は話題を変えてきた。

「そういえばさ、藤原さんは趣味で写真は撮らないの?」
「……気分がのらないからな」

仕事中は、いつも時計の針に追われているようなめまぐるしさと緊迫感があった。

楽しい嬉しい充実したというかすかな達成感も忙しさに飲みこまれてゆき、
いつしか心に空虚な穴があいていた。

仕事にのめりこむうちに穴は大きくなり、生きていくための稼ぎを得るうちに虚ろになり、
やがて俺は、その魂を消費する行為に順応した。

”私事”で写真を撮らなくなった――いや、撮れなくなったのはそれからだ。
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posted by c-book at 17:14| 【小説】その瞳に写るもの