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2015年07月06日

【小説】その瞳に写るもの 23

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夕食の準備が整っているというので、俺は玄関の左手にある食堂へ行こうとした。
玄関の壁にかけられた時計は19時をさしており、用意されてから随分と待たせてしまったようだ。

食堂は12畳ほどの大きさがあり、質素な椅子とテーブルがならんでいる。
俺の他にも一組の宿泊客がいたらしく席について料理を味わっていた。

小鍋に盛られた飛騨牛のすき焼き、信州そばや野沢菜の漬物が入った小鉢などを堪能しながら、
恵子さんや春花とたわいない会話をしてすごした。

夕食をすませると俺は2階の部屋に戻った。
畳の上であぐらをかき、ポケットから煙草を出して食後の一服をした。
温泉町の夜景がうつる窓に白いけむりが吸いこまれてゆき、清々しい風になり帰ってくる。

そうして落ち着いたあと別のポケットから携帯電話を取りだす。
電波があるのを確認し、編集部へ電話をかけて定期報告を行った。

他社の記者について、相手が田尻智美の可能性があること、
情報を持っている仲居の存在、叙庵の警備体制についてを記者に伝えた。

彼からは2日ほど前に神城が髪型を丸坊主にしたという話を聞かされた。
撮影されるドラマで囚人役を演じるからだろう。
世間に知られていない情報、とくに外見の情報を得ておかなければ別人になりすまして逃げられる可能性がある。

雑談を交えながら現状を推察し、叙庵の仲居である井上に協力をあおぐことにした。
神城たちの動向を把握している彼女の役割は大きく、協力してもらえれば一気に神城へと近づける。

ただ、他誌の記者も同じ策をとる可能性があるため、なるべく早く会っておきたい。
春花に井上との仲介役をしてもらおうと考えた。

電話を切り、俺は自室を出た。

きしむ廊下を歩いて階段の踊り場まで差しかかったところで、
階段の壁にかけられた写真を眺めている元哉さんを見かけた。

狭くて薄暗い空間に悲哀が漂っていてとても声をかけられる雰囲気ではない。
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posted by c-book at 18:00| 【小説】その瞳に写るもの