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2015年07月06日

【小説】その瞳に写るもの 29

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俺はそなえつけの押入れから箱型のジュラルミンケースを出して中を開け、
望遠レンズやカメラの手入れをはじめた。
繊維の細かいさわり心地の良い布で、ほこりや汚れをふきとりながら神城の動向について考えた。

彼らは叙庵に宿泊しているという情報はあるものの、屋外で目撃されたという話が一切でてこない。
こちらを警戒しているのか、もしくは愛人との逢瀬に夢中なのかもしれない。
記者との電話でも同じ内容の話がでていた。

この状況だと神城を撮ることは難しいぞ、と記者が言う。
やれるところまでやってみます、俺は弱々しい声でそう答えた。

仕事への意欲や熱意というより、自身の中にある空虚を埋めるための「何か」を探したいのかもしれない。
なぜか、この温泉町にそれがあるような気がするのだ。
同時に心にあいた穴は大きさを増し、体全体が虚ろになるのではないかという不安を感じていた。

機材を整備し終えるとそれを箱になおし、俺は温泉にむかった。

のれんをくぐり浴室の引き戸を開けるとシャワーのついた洗い場と黒い岩で囲われた小さな浴槽があり、
源泉から湧き出た湯がそこからあふれていた。

俺は肩まで湯につかり、開け放たれた窓をながめた。
外には竹林が生い茂り、幹のすきまから月の光がわずかに漏れている。
窓から吹く風で頭が冷えてとても気持ちがいい。

俺は深呼吸をして湯の中にもぐり、1日の疲れとともに混濁した気分をすべて湯に流した。
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posted by c-book at 18:26| 【小説】その瞳に写るもの