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2015年07月06日

【小説】その瞳に写るもの 30

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携帯電話のアラームが鳴り、枕元に置いていたそれをつかんで音を止めた。
時刻は7時すぎ、朝食まで少し時間がある。

俺は寝相で乱れた浴衣を着なおして窓を開け、のどかな温泉町を見渡しながら大きく屈伸をした。

名も知らぬ鳥のさえずりと青空から吹きつける爽やかな風を感じて、
この旅が休暇ならどれだけ良いだろうと、変にゆううつな気持ちになった。

冷水で顔を洗い、歯をみがいて身支度をすませて1階に下りた。

玄関先をほうきで掃いていた元哉さんに挨拶をして食堂に入り、
自身の名前が書かれたテーブルの椅子に腰を落ちつけた。

白い前掛けをした恵子さんがしなやかな手つきで小鉢や茶碗を運んでいる。本当に絵になる人だ。
彼女は俺に気づいたのか、手をとめて会釈をした。

朝食の準備が整い、俺はそれに箸をつけた。
野沢菜の味噌汁をすすると、どこか懐かしい味が口の中に広がった。

恵子さんにご飯をよそってもらいながら姿を見ない春花の居所を聞くと、
彼女は厨房で料理人の手伝いをしているそうだ。

私は家事が苦手なもので助かります、と恵子さんは言っていたが、
普段の元気ハツラツを地でいく春花からは、そういう繊細な作業をしている想像がつかない。
意外な特技があるものだ。

俺はお腹を満たすと部屋に戻り、外出する用意をはじめた。

風景写真の下見をしていたという嘘をついた手前、
恵子さんに怪しまれないようにカメラを持ち歩かなければならない。

彼女に真相がばれてしまうと、屈強な男だと思われる仕置き人に腹部を強打され、
気がつくと鈴竹の布団で寝ている羽目になる。

俺に彼を倒せるような腕力はないのだ。
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posted by c-book at 18:27| 【小説】その瞳に写るもの