clear.gif

2015年07月06日

【小説】その瞳に写るもの 31

--------------------------------------------------------
最初から読む(目次へ)⇒

--------------------------------------------------------
カメラの本体に昼間撮影用のレンズをつけ、ストロボや細かい機材は背負い袋に押しこんだ。
それらを肩にかけて洗面台の鏡の前に立つ。どこからどう見ても写真好きの観光客だ。

昨日のうちに春花が井上と連絡をとり、駅前にある喫茶店で13時に会う約束をしていた。

午前中は朝食の用意や客室の清掃でたてこんでいるため、早いうちに会うことはできないそうだ。
したがって今日の午後から深夜にかけてが神城とのがまんくらべになる。
時間が差し迫るにつれて、俺の心にも焦りの色がにじんできた。

部屋の引き戸がノックされて恵子さんが入室してきた。

美人女将は畳の上に敷かれた布団の片付けや清掃をはじめ、
俺は荷物を持って部屋を後にしようと立ちあがる。

恵子さんが優しい声で「おでかけでしょうか。藤原様」

「ええ。今日は本格的に写真を撮ろうと思いまして」
「いってらっしゃいませ」

丁寧なおじぎをされて心が舞いあがる。

「あっ、ひとつご忠告を。その格好で叙庵に近寄らないでくださいね」
「というのは?」

彼女は屈託のない笑顔で「あの方、歳のせいか加減ができないらしくて。
記者さんに間違えられて記憶を飛ばされるかもしれませんから」
「ご、ご忠告、痛み入ります」

高揚していた心に釘を刺された、と思うのは気のせいだろうか。
いや、そうに違いない。

俺は1階におりて玄関先で待つ案内人のもとへむかった。
--------------------------------------------------------
次の話へ⇒


posted by c-book at 18:28| 【小説】その瞳に写るもの