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2015年07月06日

【小説】その瞳に写るもの 33

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通りをしばらく歩くと勾配のある山道にさしかかり、
そこをのぼりきると見晴らしの良い丘が望めた。
空の海を気持ちよさそうに白雲が泳いでいる。

野原には青々とした草花が生えており、
その爽やかなにおいを運んでくる風が俺のすぐそばを駆けていった。

春花は静かにカメラを構え、眼下に広がるすばらしい景色をおさめていた。
俺もファインダーにその情景を映し、露光の設定をすませてひとさし指をシャッターにそえた。

なぜだろうか、指がそこから動かなくなった。
押せ、という脳からの意志が首から腕へゆき、手の甲まできて消える。
何度、信号を送りつづけても反応がない。俺は顔から離したカメラを強く握りしめた。

心が写真を撮るという行為を拒否していた。

俺はよほどひどい表情をしていたのかもしれない。
どうしたの、と春花が心配そうに質問してきた。

なんでもない、と言ったが彼女はなんでもない顔色をしてないよ、と返してきた。
感受性の強い娘なのだとあらためて認識した。

写真が撮れないみたいだ、と一言だけ伝えた。
春花の表情から明るさが失われ、彼女はくぐもった声で私とおんなじだね、と呟いた。

同じ、とはどういうことなのだと聞くと彼女は学校で起きた出来事を淡々と話しはじめた。
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posted by c-book at 18:31| 【小説】その瞳に写るもの