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2015年07月06日

【小説】その瞳に写るもの 38

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「私、カレーがいい」
「奇遇だな。俺も無性にカレーが食いたいよ」
「おっ、はじめて意見があったね」
「安心しろ。金輪際、あうことはないから」

冷たいとかひどいとか根暗だとか聞こえた気がするが、たぶん幻聴だ。
とりとめない話をしながら歩を進めていると、見覚えのある人物が通りのむこうからやってきた。

そいつはあいかわらず長身で長髪、目に長いマスカラをつけ、
とりまきの女子たちと一緒にばか笑いをしながら下校しているようだ。
道を尋ねなければならない状況だとしても、彼女たちに話しかける勇気はない。

むこうは俺たちに気づいていないので素通りしようと考えた。

時間が問題を解決してくれるとは言わないが、少なくとも今、
彼女たちと春花を会わせても事態は進展しないと判断したからだ。

隣にいる春花にそれを伝えようとするが――

何を思ったのか春花は彼女たちに近寄り、会話をはじめた。
俺は呆然と立ち尽くしているだけだった。

やがて、春花が俺のもとに戻ってきた。

「ちょっと、いってくる」
「買い物に行くみたいな口ぶりだな。喧嘩の安売りか?」と冗談めいた口調で返した。
「超特価だって。今が買いどきでしょ」となぜか春花は自信満々に言う。

彼女たちは少し離れたところで、春花に冷たい視線をむけている。
俺はうなだれながら答えた。

「……大丈夫なのか」
「たぶんね。人数はいるけど、あの冷血女さえ倒せばあとは勝手に逃げていくだろうから」
「あのな、暴力で解決しろってことじゃないぞ」
「うそうそ、冗談だって。私の素直な気持ちを伝えてくるだけだから」

春花は屈託のないまっすぐな瞳をしていた。
作り物ではない本心がそこに映されている気がした。

「ビーフでいいな」
「えっ?」
「おごってやる。気が変わらないうちに片付けてこいよ」
「藤原さん……」

カツカレーがいい! とわがままを言われたので頭をかるくこづいた。

春花はそのまま女子高生たちと脇道に入っていく。その背中を見送りながら俺は静かにため息をついた。
俺が出ていったところで問題は解決しないだろうし、むしろ大人が関わるとひどくなる可能性もある。

子供には子供の。
大人には大人の。
春花には春花の世界があり、本当に大事なところは互いに干渉することはできないものだ。

どのみち、井上との交渉では彼女に席を外してもらおうとしていた。
彼女の前で金の話はしたくない。
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posted by c-book at 18:47| 【小説】その瞳に写るもの