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2015年07月06日

【小説】その瞳に写るもの 42

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喫茶店内に広がる穏やかな昼下がりの風景。その一角がひどく緊迫した雰囲気に包まれた。
他の客たちが異様な空気に気づかずにいるなか、
彼女は抱きかかえていた鞄を強くにぎりしめ、うつむいて動きをとめた。

「あ、あれは、お食事代というか」
「そのわりには随分とぶ厚い封筒でしたね」

遠目から見ただけでそこまでは確認できていない。揺さぶりをかけるための言葉だ。

「あっ、その……」
「あなたのやろうとしていることは、神城さんの幸せを壊すかもしれないんですよ」

井上を踏みとどまらせたいのか、自身に問いかけているのかは分からない。
多くの人を欺いてまで、神城たちの写真を撮ろうとしている俺こそが諸悪の根元なのだと自覚している。

ただ、他社にスクープを獲られたくないという記者の意地がその言葉を口から出させた。

「よくないことだとは分かっています」井上はゆっくりと顔をあげてそう言った。
「だったら、どうして受けとったんですか」
「断りました。けど、しつこいので仕方なく」

別れ際をちらりと見たが、記者が粘っていたというより井上が一方的に話していた印象がある。
彼女と目線を合わせようとするが、それをさせまいとうつむいて黙りこんでしまった。

「お金が必要なんですか」
俺の目を見て懇願するように「違います。それだけは絶対に違う」
「では、なぜ?」
「すいません」
「やはり、答えられませんか」
「どのみち私には無理なんです。このお金も、あとで返そうと考えていますから」

駆け足で店を出ていく井上。
その背中を見送りながら俺は大きなため息をついた。
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posted by c-book at 19:15| 【小説】その瞳に写るもの