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2015年07月06日

【小説】その瞳に写るもの 43

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八方塞とはこのことなのだろう。

ICレコーダーの電源を切り、冷めたコーヒーをすする。
ポケットから煙草を取りだして火をつけようとするとウェイターから、
こちらの席は禁煙ですので申し訳ありませんと注意をうけた。踏んだり蹴ったりだ。

席を移動する気力さえもうせた俺はテーブルにつっぷして、ふてくされていた。

叙庵のハリコミといい井上の買収といい、
他社に先を越されてばかりで仕事は一向に進まず、あげく今後の指針さえも無くしてしまった。

交渉に使うためにおろした万札の束も役割を失い、財布のなかで寂しそうに待機している。
自身の無能ぶりをまざまざと思い知らされ、再起不能に陥りそうだ。

ほどなくして向いの席にだれかが座る気配がした。
うるさいやつがやってきたのだろう。頭をあげて正面を見た。
ほおづえをついてほほえむ春花がいた。

こいつは何がおもしろくて笑っているのだ。
仕事ができない男であり、社会のクズと罵られているみじめな俺か?
それともあの女子生徒とのタイマンにでも勝利したのか?

春花の顔にすり傷や殴られた痕がないため、話し合いで解決したのだと推測できる。
もしくは相手を一方的に倒したのかもしれないが、それはありえないだろう。
どれでもかまわないが、その顔は胸くそ悪いぞ。

喋る気力もないので春花にメニューを渡して、また机にうつぶせる。
彼女はウェイターを呼んで勝手に注文をしていた。遠慮というものを知らないらしい。

やがて、豚ロースに衣をつけて揚げたものをご飯の上にのせ、
じっくり煮込んだカレーを注ぎこんでできあがる極上の一品がテーブルに運ばれてくる。

金属と陶器がこすれる音が聞こえはじめた。
一定のリズムで奏でられるそれは、おいしいという喜びに満ちた音色のように思えた。
音がやみ、ごちそうさまでしたという声がした。

「藤原さん。そのままで聞いてほしいんだけどね」
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posted by c-book at 19:21| 【小説】その瞳に写るもの