clear.gif

2015年07月06日

【小説】その瞳に写るもの 51

--------------------------------------------------------
最初から読む(目次へ)⇒

--------------------------------------------------------
鈴竹に戻ってきたのは午後18時すぎのことだ。
俺は食堂に用意されていた夕飯を急いで食べると二階の部屋へ行き、夜間撮影の準備をはじめた。

カメラのレンズを交換してストロボを取り付け、服も上下黒づくめのものに着替えた。
あとは、春花を待つだけだ。

適当に時間をつぶしていたところで部屋の引き戸がノックされた。
入っていいぞ、と言いかけて俺は息をのんだ。

「藤原様、いらっしゃいますでしょうか」

恵子さんの声がした。
あきらかに不審者の格好をしている俺にとってそれは、悪魔の囁きにも等しい声だ。
居留守をきめこもうととっさに部屋の隅に隠れ、引き戸の方に聴覚を集中させた。

ふと、戸に鍵をかけ忘れているのに気づいた。
さすがに入室してはこないだろう――と考えた矢先のことだ。

引き戸が開けられる音がして、心臓の鼓動が急激に速まる。
頭の先まで突き抜けていくような心音を感じながら徐々に近づいてくる足音に身を震わせていた。

「なにやってんの」

背中を壁にぴたりとつけて怯えている俺を見た春花が、情けないわねという顔でそう言った。

「け、恵子さんが来なかったか」
「お母さん? 下の階段のとこで会ったよ。
おいしい信州ワインを頂いたから一緒に飲みませんか、って誘いにきたらしいけど」

俺はその場に座りこんで、こめかみのあたりに溜まっていた汗をぬぐい、大きなため息をついた。
気使いは嬉しいがタイミングを見計らってほしい。

「それで、どうだったんだ」
「あったよ。黒いパンプス、しかも男物の靴とひとまとめに置かれてた」
「待ち伏せる価値はありそうだな」

俺は立ち上がり、カメラを持って出ていこうとする。

「待ってよ。なんで、あそこに靴があったの。神城さんたちは叙庵にいるんじゃ」
「さあな。この町の理事が策士だからじゃないか」

どういうことなの、という顔をして春花が見つめてくる。
犯人を決めつける探偵じゃあるまいし口上を並べ立てるのは少々恥ずかしいのだが、
こいつを怒らせて恵子さんにでも知られてしまうと面倒だ。

俺はこほんっ、という形式めいた咳をひとつして語りはじめた。
--------------------------------------------------------
次の話へ⇒


posted by c-book at 19:54| 【小説】その瞳に写るもの