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2015年07月06日

【小説】その瞳に写るもの 54

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喜色満面に春花が話す。
「いよいよだね」
「俺が言うべきことではないが、お前はそれでいいのか」
「なにが?」

春花は俺に協力していることに罪の意識を感じていないのだろうか。
この町にとってお前は裏切り者だ。下手をすれば親にも迷惑がかかる。
カメラ小娘よ、分かっているのか。俺は念じるように春花を見た。

「私の顔になんかついてる?」

けろりとした面持ちで彼女は答えた。
そう純粋無垢な表情をされると、
仕事のためとはいえ春花を懐柔した罪悪感にさいなまれるからやめてほしい。

困惑していた俺を見かねたのか春花は確かに悪いことしてるよねと軽々しく言う。
思ってねぇだろ、と言ったら深く考えてないだけだ、と反論された。

なぜそれほど楽観的にいられるのかを聞いてみた。

「自分が言ったんでしょ」

何も考えずにちゃらんぽらんにすごせ、とでも口走ったのか。過去の俺よ。

「まあ、いいや。それじゃあ、がんばってね」

淡々とした応援声明を残して春花は部屋を後にした。
好奇心の塊のような彼女でも引き際はわきまえているらしい。
良い写真が撮れたら春花に何かお礼をしなければならないなと思った。

時刻は19時半すぎ、これから明日の朝にかけての間が勝負となる。
神城たちはドラマの撮影現場にむかうために昌庵の玄関を出て車に乗り込む、その一瞬が好機だ。
彼らが抱き合うなりキスをするなりしてくれれば言うことはない。

カメラを持ち、小町家の人たちに気づかれないように注意を払いながら玄関を出た。

鈴竹の前にある街灯の下でニット帽を被り、闇夜に完全に溶けこむ。
防寒対策に厚着をしてきたので夜通し外にいてもなんとかなりそうだ。

俺は背中にさげていた袋から懐中電灯を取り出し、その明かりをたよりに昌庵へ向かった。
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posted by c-book at 20:07| 【小説】その瞳に写るもの