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2015年07月06日

【小説】その瞳に写るもの 60

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「おとなしく帰って頂ければ、手荒なことはいたしません」

苦笑いをしながら俺は「帰りたいですよ。おいしいワインで乾杯したいですから」

「そうして頂けると助かります。藤原様も明日にはご出発なされるでしょうし、
どこかを痛めたまま帰宅させてしまうのは忍びないですから」

丁寧な言い方だが、無事に帰りたければ今すぐここを立ち去れ、
さもなければ病院の白い天井を仰ぐことになるぞ、という意味だろう。

気のせいかもしれないが、
肌を刺すような殺気が小柄な元哉さんをひとまわりほど大きく見せていた。
鈴竹に帰るべきかもしれない、そう考えたとき――
頭の中で歯車がかしりっとはまる感覚がした。


後門は狼ではなく、虎穴なのだと。


ひらめきとは唐突に訪れるものだ。
俺は先日行なった突撃取材を思い出した。

対象に姿を見られて格闘するかもしれないが、元哉さんよりは幾分かマシだ。
それに、写真さえ撮影できればデータカードを抜いたカメラを捨てて逃げられる。

レンズと合わせて60万くらいするが神城と田尻の写真はその何十倍もの価値がある。
あとは電車に乗るなり、タクシーを拾うなりすれば都心にある編集部までたどり着けるはずだ。

俺は元哉さんに歩み寄りながら降参しました、とうそぶいた。
彼も緊張していたのかため息をひとつつき、旅館までお送りしましょうという動作をする。

元哉さんとの距離が4メートルほどになる。
それとともに、こちらへ近づいてくる神城たちの話し声もかすかに聞こえてきた。

片手でカメラを握り、もういっぽうの手でストロボの調整をする。
光が強すぎると失明する可能性があるため、加減をしなければならない。

設定をすませて赤いランプが点灯しているのを確かめ、俺はまぶたを閉じた。
はたから見れば観念しているようにも映るだろう。

フラッシュを焚けば、夜眼がきいているため少しの間ではあるが相手の目をつぶせる。
その隙に飛び出して撮影すればいい。俺は静かに好機を計っていた。

瞬間、まぶたのスクリーンが赤く燃えるように焼きついた。
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posted by c-book at 21:36| 【小説】その瞳に写るもの