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2015年07月06日

【小説】その瞳に写るもの 66

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朝食をすませたあと、俺は部屋の荷物を整理していた。
当初の予定どおり今朝でこの町を経つことにしたのだ。

編集部には電話をかけ、神城の写真は撮れなかったと報告した。

他誌の記者も神城たちを撮影できていないため、
彼らの関係が明るみになるのはもう少しあとになるだろう。
春花から渡されたフィルムに写っている可能性はあるが、
あれは彼女の功績であり、俺のものとして公開するつもりはない。

捨ててしまえばいいような自尊心だとも、今後のために大金を優先すべきだとも思う。
だが、もう決めたのだ。

報告のついでに、編集部との契約を切りたいという話をした。
しゃがれた声の記者から理由を聞かれたが、一身上の都合としか答えなかった。

俺が本当に撮りたいものは何なのか。いちから考えなおしたい。
そして、導き出した答えを曲げずに、堂々と胸をはって生きていきたい――
なんて恥ずかしくて言えるはずがないのだ。

荷物を持って階段を下りるとき、壁にかけられている写真を見た。
春夏秋冬の情緒があふれる景色は時を止めたまま存在し続ける。
しかし、俺にはそれが昨日よりも美しくなっているように思えた。

駐車場まで行き、車のトランクを開け、荷物を積みこんで閉めた。

何気なく仰いだ空は澄んだ青色をしていて、
朝の爽やかな風と鳥のさえずりとともに俺の門出を祝ってくれているように思えた。

出発の準備を終わらせた俺は、鈴竹の玄関先で仲睦まじくたたずんでいる小町夫妻にあいさつをする。

「ご迷惑をかけて誠に申し訳ありませんでした」
「ああ、そんなにかしこまらないでください」と恵子さんが言う。
「私どもの方こそ娘が迷惑をかけてしまい、
本当に申し訳なかったと思っております」と元哉さんが頭をさげながら言った。
「そういえば娘さんはどこに?」
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posted by c-book at 22:15| 【小説】その瞳に写るもの