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2015年07月06日

【小説】その瞳に写るもの END

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俺は恵子さんに、娘さんの制服姿を見るのはひさしぶりでしょう。
色々といたずらをしてみたいとは思わないんですか、と言った。
とたんに母の目が色気づき、対象となった娘の顔色が悪くなる。

「遠慮しなくてもいいですよ」
「本当ですか?」
「その感触を存分に楽しんでください」
「でしたら、すぐにでも!」と恵子さんは問答無用で春花に抱きついた。

離して。嫌よ。お願いだから。柔らかいし、あたたかいからだめ。
とじゃれあう二人を元哉さんがいる玄関先へ導いた。

「あなた。もう少しこっちに寄ってくださいな」
「ああ、こうか」
「お母さん、いい加減に離してよ!」

左から恵子さん、春花、元哉さんというかたちで並んでもらう。
俺はいくらか後ろに下がりカメラのファインダーを覗いた。
そのまま鈴竹を背景にした親子三人が調和するような位置を探り、きまりが良いところに焦点をあわせる。

「ちょっと、髪の毛なおしてくる」と春花が最後の抵抗をみせた。
「そのままでも充分、可愛い!」
だから動くな、という意味だ。構図がずれて写真が台無しになられると困る。

彼女はいちごみたいに顔を赤く染めてうつむき、なんなのよ、と呟いた。
なにもくそもない、とりあえず顔を上げてくれ、と頼んだがなぜか聞きいれてもらえない。

カメラに目を落としたまま少し強い口調で「春花」とはじめて名を呼んだ。
彼女は、ううぅと息をもらして、ゆっくりと俺に視線を合わせた。あとは表情だ。

俺はカメラの前で何十、何百という人たちを笑顔にすることができる魔法の言葉を唱えた。


いち足すいちは――に。


おのおのが心の底から湧き出てくる喜びや楽しさ、嬉しさを表情にたたえていた。

まるで、どこまでもつづく雪景色のなかに季節はずれのひまわりが咲いているかのような、
さびれかけた町で力強く生きる家族の姿がそこにあった。

生活するため、という動機がなければ開けることができなかった心の扉。
だが、今なら――素直に開けるような気がした。

俺はひとさし指を押しこんでレンズからカメラに光を通す。
小町家にとって時間が止まってしまえばいいと思うほど、かけがえのない大切な一瞬を静かに切りとった。



後日。

現像した小町家の写真と、まぬけ面で写っている神城真二たちの写真を彼らの家へと郵送した。
うまく撮れてるよ、という手紙をそえて。
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posted by c-book at 22:33| 【小説】その瞳に写るもの