clear.gif

2015年07月06日

【小説】その瞳に写るもの 61

--------------------------------------------------------
最初から読む(目次へ)⇒

--------------------------------------------------------
しかし、俺はまだひとさし指を押しこんでいなかった。
瞬時に思考を働かせ、他にも同じ手段をとれる人物がいた、という結論に至る。


春花だ。


俺は周囲の状況を把握しようと目を開けた。
春花は元哉さんがひるんで動けないことを確かめると神城たちの前まで走り、
カメラのレンズを彼らにむけた。
シャッターを切るたび雷のような閃光があたりを明滅させる。

「あんまり動かないで!」と春花がレンズ越しに大声を出し。
「な、なんだ!」と神城が驚いてわめき。
「やめなさいよ。なんなのよ、あんた!」と田尻が怒鳴る。

混沌を絵に描くとこんな感じになるのだろうか。
何もかもが滅茶苦茶で狂っている。現実を受け止められず、俺はただ唖然としていた。

フラッシュ光が明滅するたびに映る断片的な視界で神城が春花につかみかかるのが見えた。
閃光の連鎖がとぎれ、よこせ、いやだ、離して、という怒声が聞こえはじめる。
彼らは立ちならぶ街灯と街灯の間にできた暗がりにいるため、こちらからは目視できない。

目をおさえてよろめいている元哉さんを振り切り、春花のもとへ走る。
足を進めるたび、暗くぼやけていた視界が少しずつ開けてくる。

顔が視認できる距離まで行くと、神城が春花からカメラを奪い、
地面にぶつけたうえでそれを踏みつけているところだった。

悲嘆をあげる春花にふざけんじゃねえぞ、と神城は拳を振りあげた。
春花の肩にそれが当たり、彼女は尻餅をつくように倒れた。

芸能カメラマンという仕事は決して人に褒められるものではない。
芸能人のプライベートに土足であがりこみ、知られたくない秘密を公にする。
カメラを壊されたり、暴力を振るわれたりしても仕方ない最低の行為だと自覚している。

だが、女子供に手をあげるのはさすがにいただけない。

俺は神城を突き飛ばし、倒れた春花に駆けよる。
大丈夫か、と聞くと大丈夫じゃない、と彼女は痛む肩を手でおさえながら答えた。

「死にかけじゃあるまいしおおげさなんだよ」
「今死んでもくいはない。がくっ」

元気なようで安心した。
倒れた神城に田尻が近づき、ふたりは駐車場の方へ走りだした。
俺はその背中を見送りながら、大量の札束が全速力で逃げていく幻想をいだいた。
--------------------------------------------------------
次の話へ⇒


posted by c-book at 21:42| 【小説】その瞳に写るもの

【小説】その瞳に写るもの 60

--------------------------------------------------------
最初から読む(目次へ)⇒

--------------------------------------------------------
「おとなしく帰って頂ければ、手荒なことはいたしません」

苦笑いをしながら俺は「帰りたいですよ。おいしいワインで乾杯したいですから」

「そうして頂けると助かります。藤原様も明日にはご出発なされるでしょうし、
どこかを痛めたまま帰宅させてしまうのは忍びないですから」

丁寧な言い方だが、無事に帰りたければ今すぐここを立ち去れ、
さもなければ病院の白い天井を仰ぐことになるぞ、という意味だろう。

気のせいかもしれないが、
肌を刺すような殺気が小柄な元哉さんをひとまわりほど大きく見せていた。
鈴竹に帰るべきかもしれない、そう考えたとき――
頭の中で歯車がかしりっとはまる感覚がした。


後門は狼ではなく、虎穴なのだと。


ひらめきとは唐突に訪れるものだ。
俺は先日行なった突撃取材を思い出した。

対象に姿を見られて格闘するかもしれないが、元哉さんよりは幾分かマシだ。
それに、写真さえ撮影できればデータカードを抜いたカメラを捨てて逃げられる。

レンズと合わせて60万くらいするが神城と田尻の写真はその何十倍もの価値がある。
あとは電車に乗るなり、タクシーを拾うなりすれば都心にある編集部までたどり着けるはずだ。

俺は元哉さんに歩み寄りながら降参しました、とうそぶいた。
彼も緊張していたのかため息をひとつつき、旅館までお送りしましょうという動作をする。

元哉さんとの距離が4メートルほどになる。
それとともに、こちらへ近づいてくる神城たちの話し声もかすかに聞こえてきた。

片手でカメラを握り、もういっぽうの手でストロボの調整をする。
光が強すぎると失明する可能性があるため、加減をしなければならない。

設定をすませて赤いランプが点灯しているのを確かめ、俺はまぶたを閉じた。
はたから見れば観念しているようにも映るだろう。

フラッシュを焚けば、夜眼がきいているため少しの間ではあるが相手の目をつぶせる。
その隙に飛び出して撮影すればいい。俺は静かに好機を計っていた。

瞬間、まぶたのスクリーンが赤く燃えるように焼きついた。
--------------------------------------------------------
次の話へ⇒


posted by c-book at 21:36| 【小説】その瞳に写るもの

【小説】その瞳に写るもの 59

--------------------------------------------------------
最初から読む(目次へ)⇒

--------------------------------------------------------
「み、み、見回りですか」
「はい。時間があるときに歩き回る程度なんですが」
「だったら、どうしてここに」
「偶然、と言えば嘘になりますね」
「必然だと困るんですけど」
彼はほほえんで「あはは。おもしろいことを言いますね」

視界が悪いせいもあるのではっきりとは断言できないが、彼の瞳は笑っていなかった。
むしろ、ぎらつきが増したように思う。

「春花が変な格好をして出ていくのを見かけたものですから後をつけさせてもらいました。
ただ、あなたがここにおられるとは考えておりませんでした」
「俺もですよ。一生の不覚です」
「叙庵が隠れ蓑だとお気づきなんでしょう」

ここで、しらばくれても仕方ない。俺も春花も格好からして不審者なのだ。

「一応は」
「妻にあなたのことを気にかけておくように言われておりました。
根拠のない女の感だったそうですが、意外とばかにはできませんね」

すべてはあなたの手の内だったということですね、
と知的な犯人であれば気のきいた捨て台詞を残すかもしれない。

などと、余計な思考を働かせている場合ではない。

通りに出れば神城に見つかる。
このままここにいても、元哉さんに取り押さえられる。

前門の虎、後門の狼という状況をなんとか打破しなければ俺は虎の餌にされてしまうだろう。
--------------------------------------------------------
次の話へ⇒


posted by c-book at 21:28| 【小説】その瞳に写るもの