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2015年11月21日

【小説】ひとりぼっち 32

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私は足を抱えていた腕に目一杯の力をこめました。
そうしないと、胸の奥にできたヒビから得体のしれない何かが噴出してきそうだったのです。

やりすごそうと別のことを考えました。珍しく私から話題をふろうともしました。
必死に抵抗したのです。しかし、それは無駄な努力に終わりました。

「だから、なに……」
「えっ?」
声を強めて「おもしろくともなんともない。もういい加減にしてよ、迷惑なのよ。
あなたは私に電話をかけてきてなにがしたいのよ!」
「中谷さんなにを怒って――」
「ほおっておけばいいでしょ! 哀れだとか惨めだとか勝手に思ってればいいわ。偽善者ぶって関わってこないでよ!」
「違います。おれは……」
「やめてよ……もう……私は、もうだめなの」

孤独になりたい、他人に干渉されることなく朽ちて死んでいきたいの。
発作がおきるのが怖くて、夜眠れなくて、寂しくて辛くて痛くてもいい。

死ぬこともだれかに嫌われることも、
こうやって全部を人のせいにしてだれかを嫌いになることも――。

心の中で話しているつもりでした。
でも、私の心はすでに決壊していて、
とめどなく溢れてくる涙とともに黒くて汚い言葉が吐き出されていたのです。
それは、電波を通して彼のもとへと伝わっていました。

これでいいのです。電話なんて二度とかけてこないでください。
嬉しそうに怪談を話さないでください。私と話すのが楽しいなんて言わないで――
私のことを嫌いになってください。お願いします。

一時の沈黙がありました。
切れるだろうと思っていた電話は繋がったまま、
針のむしろにすわらされているかのような緊張感だけがふたりを包んでいます。

「誕生日と血液型と好きな映画」

彼が唐突にそう言い、私は嗚咽を繰り返すばかりで返事をすることができませんでした。

「俺と中谷さんの共通点です。
サークルの名簿を見たときびっくりしたんですよ、こんな偶然あるんだって。
だから、最初は遊び半分で電話したんです。
でも、話していくうちに楽しくなって、気づいたら毎日連絡していました」

私は鼻をすすり、息をできるかぎり整えて。
「わかったでしょ、私のこと。こんな世の中を恨みまくってる女と話してても楽しくなんてないじゃない」
「そんなことありません! 絶対にない!」彼は怒鳴るように答えました。
「なんでよ」

「中谷さんは優しい人です。
人の痛みが分かるから。分かりすぎるからそうなってしまっただけです。
俺は同情でも哀れみでもなく、君の優しさを好きになった。
大事にしたい、守りたいと思ったんです!」

大声で笑ってばかにしてやりたいぐらい恥ずかしい、
だれかが彼の近くにいたのなら噴出してしまうようなまっすぐで純粋な言葉。
私は何も言えず、携帯電話を握りしめたまま、ただ泣いていました。

優しくないこの世の中が嫌いです。
他人が嫌いです。
それら以上に、自分が大嫌いです。

でも、彼だけは嫌いになることができないのでしょう。

「ばかじゃないの」
「重々承知してます」

私は立ち上がり、閉めきっていたカーテンを開けました。
朝から降りつづいていた雨は止み、遠くの空に夕日が沈んでいきます。

もうすぐ夜がくるでしょう。
そうしたら晩御飯に好きなものを食べ、お風呂に入り、身支度を整えましょう。
戸棚からお気に入りの服をだし、アイロンをかけておきましょう。

枕元にアラームを設定した携帯電話をおき、私は布団に入って眠るのです。
夢と現実のまどろみを繰り返しながら希望に満ちた朝を待つのです。
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posted by c-book at 07:51| 【小説】ひとりぼっち

【小説】ひとりぼっち 31

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私は体育座りをしたままその話に耳をかたむけていました。
退屈な怪談を聞くよりも、はるかに興味深い内容です。

「白線は下ネタばっか話すんですよ。スカートの中を覗くのが日課だとか、なんか足フェチらしくて、
ふくらはぎの美しい女性にピンヒールで踏まれるのがたまらない快感だとか――」
「真剣に聞いて損した」
彼は慌てるように「いや、おれが言ったんじゃないですよ。聞いてただけなんですって」
「それで、どうなったの?」
「信号機のほうはいいヤツで、おばあさんとか車椅子の人が通るときは
いつもより長く青ランプを点灯させるみたいです。
そんな話を聞いて俺は笑ってたんですけど、急にふたりが黙りこんだんです。

こっちが話しかけてても全然しゃべってくれなくなって。
無視してるだけなのか、話すことができなくなったのはわからないんですけど、
俺はまた人間を探しはじめました。

そこからは、さっきの展開の連鎖です。ポスト、鉄塔、道端に落ちていた空き缶、
燃えるほうと燃えないほうの双子のゴミ袋、どれもしばらく会話を続けると沈黙してしまう。
その度に孤独になる感じがして歩くのをやめたんです。
こんなことが続くならもう誰とも会いたくないって」

ぴしっとヒビの入るような音が胸の奥で響きました。痛いほどの理解というのでしょうか。
夢の中の彼は、今の私と同じ状況に立たされている気がしました。

「あなたはそのまま立ち止まっていたの?」
「いえ、動きました。というか動かざるをえなかったんです。いつのまにかケータイを無くしていたんです」
「どこかで落とした」
「そうですね。だから、ふりかえって今まで歩いてきた道を進もうとしました。そしたら目の前に女の子が急に現れて――」

私はごくりと息をのみ、受話器から聞こえてくる声を漏らさないよう耳に意識を集中させました。

「小学校に入りたてくらいの小さな女の子でした。

顔や髪型、格好はどこにでもいるような感じで、
詳細には覚えていないんですけど、とりたてて特徴はありませんでした。
こうやって驚かされたりしなければ印象に残らない、
目覚めた瞬間に忘れてしまうような影の薄い子だったと思います。

彼女は右手を差し出し、交換しようとつぶやきました。
交換という意味がわからなかったのでどうすればいいか聞くと
『あなたの大切な時間をちょうだい』と言われました。

この子と遊んであげればいいのかなと思ったので、いいよと答え、彼女の手を握りました。
彼女は嬉しそうに微笑み、なにか言おうと口を動かすんですけど聞き取れなくて……。

そこで不意に目が覚めました」

「携帯電話は?」
「起きた時、手で握っていたんです。寝ぼけてアラームを止めたからだとは思うんですけどなんか気になっちゃって」
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posted by c-book at 01:46| 【小説】ひとりぼっち

2015年11月20日

【小説】ひとりぼっち 30

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私はうつむいたままそれを聞き流していました。

やがて、音がやみ、静けさが訪れました。
今日はあきらめてくれたのでしょう。彼とは話したくありません。

ふたたび音が聞こえはじめました。
私は顔をあげて、しつこいなとつぶやきました。先ほどと同じ五コール目で音がやみました。
今度こそあきらめてくれたのでしょう。彼とは話したくないのです。

耳障りなメロディが閉め切った部屋に木霊しました。

私は呆れた顔で電話を見ていました。
なんなのでしょうか、あの男はいつもタイミングが悪すぎるのです。
私は手を伸ばして電話を手に取り、着信ボタンを押しました。

「あっ、やっとでてくれた。今日、すごい話を仕入れたんですよ!」

彼の怪談がおもしろくないのは、話す前に風呂敷を広げすぎるからだと思うのです。
子供に読み聞かせるように丁寧かつゆっくりと話したほうがよっぽど恐ろしいでしょう。
私の白けた空気を読んだのかどうかはわかりませんが、
彼がしゃべるのをやめて質問をしてきました。

「なにかあったんですか」
「別になにもない。なんでそう思ったの」
「なんとなく、ですかね。昨日変な夢をみたんですよ」
「夢?」
「はい。ほんと変な夢です」
「話して」
「えっ、でも怖い話は……」
「気になるから別に構わない」

彼はため息をすうぅと吐いて呼吸を整え、
ゆっくりとした口調で話しだしました。

「俺は都会の交差点にいて、ケータイでだれかに電話をかけているんです。
昼間だと思うんですけど人通りが激しくて皆歩くのが早かったような気がします。

普通だったら暑苦しかったり、ぶつかって不快になったりするんですが、
不思議と彼らは俺と一定の距離を保って通りすぎていくんです。

一メートルぐらいですかね、俺と通行人とのあいだに透明な壁があるみたいな感じです。
そこだけぽっかりと空間ができていて。
まあ、歩くぶんには楽だったんで、ずかずか進んでたんですよ。

そしたら透明な壁がどんどん広がって、最初は手を伸ばせば届くようなところに人がいたのに気づくと
まわりにいた人間がみんな消えていたんです。

さすがに怖くなって他にだれかいないか探しはじめるんですけど。

あっ、ここから急展開なんですけど変に思わないでくださいね。
なんというか。そこに人間はいなかったんです。

代わりに信号機とかアスファルトにひかれた白線とか、そいつらが話しかけてきて――」
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posted by c-book at 18:52| 【小説】ひとりぼっち