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2015年11月20日

【小説】ひとりぼっち 29

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あれから1日に1度、携帯電話から着信音が聞こえてくるようになりました。

彼と話す内容は大学のことや心霊体験のことまで色々でした。
彼は怖がりらしく、ありがちな怪談を話すとおおげさに驚いていました。

他にも、私はその日の気分によって電話にでないことがあり、
でたとしても無言電話のように一切口を開かないこともありました。
そんな悪戯をしたときも彼は声をひきつらせながら一方的に何かをしゃべっていた気がします。

怖いのが嫌ならかけてこなければいいのに、と意地悪く言うと、怖いけど楽しいんですと返してきます。
私は別に楽しくないと続けると、じゃあこんな話はどうですかと調べてきた怪談を披露するのですが、
話下手なのでまったくおもしろくありません。

それを伝えると彼は落ちこんでしまい会話が途切れるのですが、
次の日になるとめげずに電話をかけてくるのです。

彼とはたくさん話をしました。
しかし、私の病気や休学している理由について彼が質問してくることはなく、
私からも話すつもりもありませんでした。

暗黙の了解とでもいうのでしょうか、触れてはいけないと彼も思っていたのでしょう。
そんな奇妙な関係が変化したのは春が終わり、梅雨に入ろうかという頃のことです。

私は部屋の真ん中あたりに座り、窓から聞こえる雨音に耳をかたむけていました。
雨戸の隙間から霧状の細かい水が入ってきて室内を優しく満たしています。
暑くもなく寒くもない、夏のはじめにあるわずかな時間が好きでした。

手近なところに携帯電話と空になった薬剤の袋が置かれていました。
通院していた心療内科の医師から薬はもう必要ないだろうと言われたのです。
今後は心理治療を行いながらもとの生活サイクルへと戻し、経過を看ていくのだそうです。

喜ばしいことなのでしょう。
ただ、私にはそれが実感できないのです。
なんのために、私は生きているのでしょうか。
なんのために、私は生きなければならないのでしょうか。

発作に苦しむため、予期不安に悩まされるため、息をするため、雨音を聞くため、
窓から吹く湿った風に肌寒さを感じるためでしょうか。

私の本当の病は治ってなどいないのです。

私は立ち上がり、半分ほど開けていた窓を閉めてカーテンをひきました。
部屋の真ん中に腰をおろし、体育座りをしてひざに顔をうずめました。

このまま飲まず食わずでいれば世界を閉じられるでしょうか。
不安や虞のない場所へと行けるでしょうか。

世界は、私に優しくないのです。
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posted by c-book at 18:49| 【小説】ひとりぼっち

【小説】ひとりぼっち 28

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私は手で口をおさえ、声にならない吐息で、あ、あ、あ、とつぶやきました。
肺のなかにあった息をすべてだしおえると不意にのどが波打ち、

がまんできずにそのままうつむき、
胃液のすっぱいにおいを鼻に感じながらよだれも涙も鼻水もぜんぶだしきるまで吐きつづけました。

不安も恐怖も彼にたいする不信感も流れてほしい、と思ったのですが、
それはとても重くすぐに拭いきれるものではありませんでした。

「分かったでしょう。晃くんがなにをしたのか」
「うそよ」
「あの犬も彼に殺された。留衣も私も突き飛ばされて。耕太が殺される音をじっと聞いているしかなかった」
「うそよね。晃がそんなことするはずない」
「うそなんてついてない! そいつが狂ったせいで耕太は死んだの。間違いないわ」

私は裏返った声で「晃は、晃はどうなの? ちがうわよね」

「俺は、耕太をおさえつけて彼の頭を床に打ちつけました。
後頭部がやわらかくなってきたら今度はうつぶせにして顔を潰し……」
「や、やめてよ。聞きたくない。はやくはやく本当の――」

そこから晃はすいませんと謝るばかりで、私は驚きを通りこして怒りさえ感じました。
殺した殺していないと口論している場合じゃない、とりあえずここをでて警察を呼ぼう、
と言いましたがとたんに彼らは口を閉ざし、私はまた暗闇に置きざりにされました。

私は心の奥底からわきだしてくる憤りを抑えられず、
みんなの助けなしではドアは開けられない――

あなたたちも死にたくないでしょう、
と声を強めて協力を呼びかけましたが応えてくれる者はいませんでした。
他人を信用できない、自身さえも信じられないのでしょう。

私は、場にうずまく疑心暗鬼を解消する術を考えはじめました。
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posted by c-book at 18:46| 【小説】ひとりぼっち

【小説】ひとりぼっち 27

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私は彼らの会話に割りこんで。

「いったいなにがあったの? 私にも分かるように説明してよ」
「部屋のまんなかあたりに耕太がいるわ。小夜は明かりを持ってるんだから確かめられるでしょ」
「彼になにかあったの?」
「うるさいわね! あんた聞かないとなにもできないの?」
「えっ」
「いいから早く行きなさいよっ!」

右奥の暗闇から怒声が響き、私はそれに驚いて身をすくめました。
彼女の精神も不安定になっているのでしょう。
これ以上刺激するわけにはいかないと考え、無言のまま部屋の中央へむかいました。

携帯電話の薄明かりをたよりにすり足で少しづつ進むと、足先にやわらかいものが触れました。

布がすれる感触もしたので犬ではないでしょう。
嫌な予感がします。
すぐに、しゃがみこんでそれに光をあてると足をこちらにむけて倒れている人間がいました。

腰までさげられたジーンズに派手な色のスニーカー、耕太が着ていた衣類です。
耕太くん、と名を呼びながら足をゆすってみたのですが反応がなく、そればかりか体温も感じられません。

私はたまった唾を一気に飲みこみ、彼の上半身が見える位置まで移動しました。
顔があると思われる場所を照らし、私は唖然と立ちつくしてしまいました。

そこには人の頭と呼べるものはなく、
赤黒く彩られた楕円形の物体が白くなった首につながり、
まるで無垢な子供が頭のない人形に異物をつけたかのような状態でした。

鼻はつぶれ、耳は裂けて取れかかっており、頬やあごはうっ血して紫色をしています。
周囲には毛髪と黒くにじんだ血液、小さな肉片、塩辛のような脳髄が散らばっており、
冷たい床には血のついた頭髪をこすった跡があります。

『彼』であったものの近くに獣の死体も残されていました。
顔は彼と同じくつぶされ、首のぶぶんが半円をえがくように折れ曲がっており、
今にもとれてしまいそうです。

大きく開け放たれた口からよだれと血液がまじった粘液状の汁がたれていて、
それは心を蝕む真紅の斑点模様を床に描いていました。
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posted by c-book at 18:30| 【小説】ひとりぼっち