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2015年11月20日

【小説】ひとりぼっち 26

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それはドアを背にして右奥の暗がり、何者かの気配がしたところから発せられたようです。
彼女も――梓も無事だったのです。

「梓なんでしょ! あなたも無事だったのね」

この時、いくつか疑問が浮かんでいましたが、
だれかと話せる喜びのほうが大きく、私はすぐにそれを頭の隅に追いやりました。

「大丈夫なの?」
「右足はたぶん折れてる。他はすり傷くらいよ」
「うん。でも、命にかかわるような怪我じゃなくてよかった」
「そうでもないわ。今はまだ、生きていられるみたいだけど」
「大丈夫よ。みんなで協力すれば絶対に助かる――」
「協力なんてできるわけないじゃない!」

梓がヒステリックな口調でそう叫んだ瞬間、場の空気がしんっと凍りつきました。
身震いひとつで体が砕けてばらばらになってしまうような極度の緊張と恐れが、
足の小指から毛髪の先までじくじくとまとわりついているのです。

動くことはもちろん喋ることさえできません。
しばらくそうしていると、梓が沈黙をといて話しはじめました。

「晃が、晃が悪いのよ。あんな犬なんて助けるから。だからおかしなことになったんでしょ」

犬と格闘する彼を助けようとしてだれかに突き飛ばされ、気をうしなった。
私の記憶はそこで途切れています。

梓の口ぶりから察するにあの後になにか恐ろしいことが起こったのでしょう。
どういうことなの、と私が返答をもとめると彼女はしどろもどろになりながら事の顛末を語りました。

「あの後、晃が急に発狂して暴れだしたのよ……。
小夜は気絶してたから知らないだろうけど、
私たちはすぐに彼を押さえつけて落ちつかせようとしたの。そしたら……」
「こ、耕太は、留衣は無事なの?」
「留衣は知らない。耕太は……」

梓は私の問いかけに最後まで答えず「晃くん。あなた、まともになってるの?」

「自分のしたことは覚えてます」
「そう……。だったら私があなたを信用できないってことは分かるわね」
「はい」
「小夜に見せるわ」
「かまいません……。俺はここから離れます」

部屋の正面奥にむかう足音が聞こえました。
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posted by c-book at 18:23| 【小説】ひとりぼっち

【小説】ひとりぼっち 25

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「お願い、だれかいるのなら答えてよ。しゃべれないのなら何か合図を送って……。
近くにあるものを床に打ちつけるだけでいいから。そうすれば居場所がわかるし、
あなたのところまでたどり着けるの。怪我をしているなら応急処置もできるわ。
だから……だから!」

やはり、返ってくる言葉はありません。

「どうしてなにも言ってくれないのよ!? そこにいるんでしょ。ふざけてるの?
みんな、私がこうして苦しんでいるのを見て笑ってるの!? だから黙っているんでしょ……。

ねぇ、

ねぇ、

ねぇ!」

声を出す気力は枯れ、私はなにをするでもなくただその場に佇んでいました。
少し休んで症状が治まったらもう一度ドアを開けようとするしかない、それはわかっていました。
ですが、本当に私だけの力で開くのでしょうか。なにをしても開かなかったら――。

は、はは、ははは、と息が漏れるような笑みがこぼれてきました。

一年ほど前の私は、だれとふれあうこともなく、
ただ天井のシミや畳の節を数えて一日を終えていました。
生気のない死んでいるのと変わりない世界にいたのです。
だから、いつ死んでも殺されたとしてもかまわない、悔いもなにもないと考えていました。

そんな私が、今は懸命に生きようとしているのです。
他人との繋がりがわずらわしくてひきこもっていた私が、
命をつなぐためにだれかの力を求めているのです。

因果応報とでもいうのでしょうか。これほど皮肉めいたことはありません。
それでも、どんなに汚いと感じようとも、生きていきたいと思えるのです。

息を吸って吐くという単純作業をどれだけ繰り返したのでしょう。
不意に部屋のまんなかあたりから湧き出るようにぼそりとした声が発せられました。

「もう、黙っているのはやめないか」

それが耳に届いたと同時に、世界にぱっと明かりが灯ったような気がしました。
激しい頭痛と動悸はしずまり、もうろうとしていた意識が一瞬でクリアになったのです。
聞きまちがうわけはありません。彼の声です。

「晃!」

私はすぐさま彼にかけよろうとしました。
しかし、体が思うように動かず、立ち上がることだけで精一杯でした。

「晃、立てる? 怪我してない?」
「……ああ」
「そう。動けるんならこっちに来て顔を見せ――」

私の言葉をさえぎるように「近づくのはやめなさい!」
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posted by c-book at 18:21| 【小説】ひとりぼっち

【小説】ひとりぼっち 24

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不意に、その気配が大きくなりました。
うずくまっていたものが両手を広げて立ち上がったかのようです。

私は「あっ」とつぶやき、身構えるまもなく――
気配は、私の手の中にあった携帯電話を叩き落としました。

危険を感じた私は、とっさに頭をかかえてしゃがみこみます。
目をつぶり気配がとる行動に注意を払いましたが、
それは何をするでもなくまた小さくなり、やがて無情な沈黙が室内に満ちてゆきました。

本来ならもう一度、たしかめにいくところです。
しかし、私は立つことさえままならない状態になっていました。

先ほどのショックで動悸が激しくなり、意識が朦朧としていたのです。
耳の奥では金切り声のような音が響き、それが痛みとなって脳内を飛びまわっています。

このまま部屋に留まり探索を続けたとしてもだれも助られない。自らの命さえ危うい。
混濁する意識のなかでただひとつ鮮明に思い描いたのは死のイメージでした。

パニック障害を抱える私にとってだれかを助けようなどという考えは、
実にあさはかで偽善に満ちたものだったのです。
一刻も早く出口を探して脱出しなければなりません。
そこから助けを呼ぶことが最善の策なのでしょう。

私は頭をおさえながら目印をつくった壁際の空間に戻り、
周囲にある机や椅子を携帯電話で照らしました。
そうして、最初に見た部屋の状況を思い出そうとしたのです。

かたわらにある大きな机には見覚えがありました。入り口から見て右側にあったはずです。
壁を背にして左手の方向に進めばドアがあるのかもしれません。

よく調べてみると行く手を塞いでいる鉄製の棚と大きな机には隙間があり、
横歩きをすれば通れそうでした。私はおぼつかない足取りでそこを抜けました。

部屋の出入り口あたりは他と比べると散らかっている様子はなく、整然としていました。

あるのは閉じられたドアだけです。
ノブをまわして押し引きを繰り返してみたり、
そのまま肩をぶつけたりして無理にでも開けようとしたのですが、ドアはびくともしませんでした。

私の力だけでは出ることができないと分かり、なすすべなくその場にすわりこみました。

大切な人の安否をたしかめることも、逃げることも、
立ち上がり次の行動へうつることさえもできないのです。
自分の無力さを嫌というほど思い知らされました。

頭痛や動悸はさらに激しさを増し、
もういっそ死んで楽になってしまいたいとさえ思えます。
今まで必死になって押し殺していた不安や恐れは液体となって目や鼻、口からあふれだしてきました。

「っ……なんで……なんでよ! どうすればいいのよ!」

涙声でそう叫びました。
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posted by c-book at 18:06| 【小説】ひとりぼっち